パーソナリティ障害 はじめに


パーソナリティ障害
はじめに
私の診察を受ける前に暴れてクリニックから飛び出した患者がいた。境界性パーソナリティ障害
の女性だった。
ソーシャル・ワーカーから、薬剤はどうすればいいかについて私に診察して欲しいと相談があ
った。そのとき私はすでに診断を聞いていたのだが、秘書からクリニツクでのその女性の行動を
聞いただけでも同じ診断ができていたはずだと思う。
私は約束の時間に5分だけ遅れた。この患者はその遅れが我慢できなかったようだ。平手打ちを
食らったような感じだったのだろうと思う。
そのあとで患者はソーシャル・ワーカーに私のクリニックは汚くて職員は無礼だと不満を述べた

ソーシャル・ワーカーは私の同僚で、何度もクリニックに来たことがあるので、彼女の言うこと
は正しくないと分かっていた。そして患者が診察も受けずに飛び出し、こうした不平を言うこと
にも驚かなかった。
我々は境界性パーソナリティ障害の診断で一致した。
しかし私は患者の行動も心理も理解はできたものの、罪悪感が残った。
あとで分かったことだが、患者は見捨てられ、虐待された感じがしたようだ。本当は薬は飲みた
くなかったことも分かった。
ソーシャル・ワーカーによればこの患者はしばしば見捨てられたように感じ、それは両親が彼女
を見捨てたからだとのことだった。
しかしそれでもやはり、このようなネガティブな経験は容易に忘れられるものではない。
私は同僚に相談し、たくさんの似たような経験を聞いて、やっと気持ちが楽になった。
実際、精神科医同士の話でよく話題になるのはパーソナリティ障害なのである。
シゾフレニーや大うつ病、パニック障害に対しては、我々にはたくさんの有効な薬剤や精神療法
がある。しかしパーソナリティ障害に対しての武器は限られていて、しばしば無効である。
優秀な医師が境界性パーソナリティ障害や自己愛性パーソナリティ障害に対しての革新的な治療
法をいつもいつも書いているのだが、現実には我々にはいまだに何の武器もなく、病院でもク
リニックでもパーソナリティ障害患者に悩まされている。
午前3時に電話が鳴ればそれは境界性パーソナリティ障害患者からだろう。
何十万円かの治療費を未払いにしているのは?それも境界性パーソナリティ障害だろう。
あなたがその人のせいで史上最悪の医師であると感じさせられるとしたら?それも境界性パーソ
ナリティ障害だろう。
リストはいくらでも続けられる。医師はみな、これら幾つもの悲惨な体験を共有している。
パーソナリティ障害は治療困難で悪名高い。
患者は昔の鉄の鎧を身にまとっているようなものだ。
確かに敵の剣から守ってくれるのだが、おかげで誰の心も寄せ付けない。
性格というものは世界とのつきあい方だが、それが硬くて不具合なのだ。
他の人達は短パンとTシャツで身軽に動いているのに、患者は中世の鎧を身に着けて、動くたびに
ガチンガチンと音を立てている。
患者がその鎧を身に着けたのはずっと昔のこと、多分十代の頃で、その時の「不幸の矢弾(シェイ
クスピア、ハムレット)」に対処するにはそれがベストだったのだろう。
しかし現在となっては鎧は不具合で不適応ある。患者にとって重荷だし、周囲の誰にとっても過
酷な試練である。
我々は患者が鎧を脱ぎ捨てる手助けをしたいが、我々にできることは鎧の顔面部分に開いている
小さな穴に向かって叫ぶことくらいかもしれない。叫んだところでどうにもならないと思わざるを得
ない。
パーソナリティ障害をいろいろな種類に分類することは理解に役立つ。
患者がクリニックから飛び出したのは、見捨てられたと感じて激怒したからだと理解していれば、
もしいつか診察する機会があった時にとても役立つだろう。
診察する機会がないとしても、医師の側の罪悪感や無力感を解消する助けになるだろう。
また一方で、患者を単純に分類に当てはめて理解することは危険である。
パーソナリティ障害は個々人であまりにも異なるものなので分類も難しい。そこで、鎧を着せた
ままにして、何かの診断のラベルを貼って満足してしまえたら、それでもういいという誘惑にも
かられるが、それではいけないだろう。
ここではパーソナリティ障害のすべての分類を解説して、実際の症例を紹介したいと思う。
鎧の中にどのような人がいるか、感じ取ってほしい。

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